Tomoartの徒然チャックま時々その他

イラストレーターTomoartの雑多なブログです。チャックま多めです。

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3月11日。

3月11日、ついに10年ですか。

震災でつらい思いをされた方、今でも苦しんでいる方が少しでも楽に、楽しく生きていけるように祈っております。

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10年前の私は、都内の企業に務めるサラリーマン。20日後の退職をにらんで最後の仕事の真っ最中でした(有給はほとんど消化しませんでした…)。その時14:46は自分の机を離れ、オープンなミーティングスペースで4人くらいで打合せをしていました。

 

グラグラと最初に揺れた時はそれほど大きい地震になるとは思っていませんでした。しかし揺れが大きくなって、テーブルの下に入るべきかと躊躇したりしていました。少し経って揺れが小さくなって来た頃、誰かが「表に出たほうがいい」と言い出し、その辺りにいた人たちみんなと表に出ました。その間もやや揺れが続いていたように思います。

するとビル街の街中にみんなが出てきていて、ある方向を見ながら指差していました。やや遠くに見える超高層ビルが右に左に大きく揺れていたんです。あれは衝撃的でした。

事務所に戻り、意外とそれほど落下物などもなくホッとしていましたが、しばらくするとつけていたテレビから交通の混乱のニュースが入り、帰宅に対する心配が増していきました。

 

その後、次々と東北の被害の報が飛び込んできました。何度も泥水に飲み込まれていく町が映し出されていました。職場の誰もが顔には出さなくても今後どうなっちゃうのか、また自宅、親類、友人知人は大丈夫なのか、と不安と心配を抱えていました。

 

余震が続く中、自宅に帰ることが出来ない同僚と共に2時まで事務所で過ごし、地下鉄復旧の情報が出て帰途に着きました。時間は多少かかりましたが、家に無事到着。特に壊れたりしたところもなく、翌日(もう日は変わっていましたが)から普通に生活が出来ました(原発の影響による計画停電やまだらに復旧した交通網などのイレギュラーはありましたが)。

 

震災に関しては私は本当にラッキーで、ほとんど被害を受けることなく終わりました。仙台に先祖の墓があり、そのお寺が被災されてお墓も一部が崩れましたが、それもそれほどのことはなく、時を余り置かずに復旧されました。

 

被災地で被害にあわれた方たちの何百分の1にもならない災害の思い出ですが、あの時のことを思い出し続けていくことが一つの災害対策かな、とも思います。改めて身を引き締め、いつ来るかわからない天災に備えていこうと思います。